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水戸地方裁判所 昭和23年(行)13号 判決

原告

和田喜八郞

外一名

被告

猿島郡〓井山村選挙管理委員会

外一名

主文

被告〓井山村長〓井信が、昭和二十三年三月八日なした茨城縣〓井山村議会の解散処分を取消す。

被告〓井山村選挙管理委員会が、同年四月八日なした同村議会議員の総選挙を施行する旨の議決を取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求原因として、原告等はいづれも居村〓井山村議会の議員であつたが、昭和二十三年三月七日同村役場に召集された、同村議会で第二号案として提案された、昭和二十二年度追加更正予算について審議中、議長は閉会を宣したので、該案は当日審議未了となつた。然るに、被告〓井山村長〓井信は翌八日になつて、三月七日の右議会の議事を以て、第二号案に対する審議保留であるから、同村長に対する不信任の議決とみなすと謂う理由で、地方自治法第百七十七條の規定によつて、右村議会に対し、解散の処分をした。

次いで、被告〓井山村選挙管理委員会は、同年四月八日右解散による同村議会議員の総選挙を同年五月一日施行する旨の議決をして、之を告示した。然し前記村議会に於ては、第二号案に対する審議中、議決未了の儘閉会となつたので果して、該案の中に地方自治法第百七十七條第二項第二号に所謂非常の災害に因る應急若しくは、復旧の施設のために必要な経費又は、傳染病予防のために、必要な経費を包含するか否か不明であり、仮りに之を肯定し得るとしても同議会で、右経費を削除し、又は減額する議決はなかつた。從て被告村長が右削除又は減額する旨の議決があつた場合の処置として、地方自治法第百七十七條第二項に基いて理由を示し、これを再議に付する手続を採つた事実は更になく、況んや村議会で更に、之を削除し、又は減額する旨の議決をする筈もなければ、又その必要もないのである。それにも抱らず、被告村長は不法にも右議決があつたものとして、之を該村長に対する不信任議決とみなして、同法第百七十八條第一項に基いて、村議会を解散したのであるから、同村長の本件解散処分は法規に反する不法のものである。尚、被告委員会が同村議会議員の総選挙を施行する旨、同年四月八日議決したのは、前記のように違法な解散処分に因るものであるから、亦当然違法な議決と謂はなければならぬから、各処分の取消を求めるため、本訴に及んだ次第であると述べ、立証として甲第一乃至五号証を提出し、証人猪瀨勘一郞、同忍田政治及原告本人兩名の訊問を求め、乙第一、二号証の成立を認め、爾余の乙号証の成立は不知と答へた、被告〓井山村長〓井信訴訟代理人及被告〓井山村選挙管理委員会は、いづれも原告等の請求を棄却する訴訟費用は、原告等の負担とする、旨の判決を求め、その答弁として、被告〓井山村長〓井信訴訟代理人は原告等の主張事実中原告等が、いづれも〓井山村議会議員であつたこと。又、昭和二十三年三月七日同村役場に召集された同村議会に於て、昭和二十二年度追加更正予算として、第二号案が付議されたこと、被告村長が同月八日地方自治法第百七十七條の規定によつて、同村会に対し、解散処分をなしたことは、いづれも之を認めるが、その余の原告主張事実は総て否認する。

被告村長のなした〓井山村議会解散処分に対して、原告等は直ちに右解散処分取消のため、本訴に及んでいるが、元來普通地方公共團体の長が、その議会を解散することは、行政処分ではない。即ち行政廳としてなした行爲ではないから、取消の訴は提起できない。若し敢て之をしようとするならば、地方自治法第百七十七條中には、異議訴願不訴に関する特別の定がないから、一般原則である同法補則第二百五十六條によつて、所定期間内に異議の申立、又は訴願の申立をなし、夫々決定及裁決があつた後に、出訴しなければならないのに、原告等は右法定の手続を履踐しないで直ちに訴を提起したのは適法でない。

地方自治法第四章選挙に関する法令中、第八章訴訟中第六十六條第七項(第七項とあるのは、第八項の誤記と認める)は、選挙管理委員会の決定に対しては、同法第二項の規定による裁決を受けた後でなければ、裁判所に出訴できない旨を明定している点からしても、本訴が之等の手続を経ないで直ちに本訴に及ぶということは違法である。

仮りに本訴が適法に提起されたものとしても、被告村長が緊急を要する傳染病予防のため、必要な経費の予算案(第五号案)を提出し、その審議を求めたのは、昭和二十三年一月七日召集された同村議会であつて、この議会においては緊急を要し、而も地方自治法が議会解散の事由とした程重要な議案であるのに、後日、而も協議会で決定するということで議決せず、法律上の否決と同一の議決をした。更に同年二月二十八日の村議会に再び、昭和二十二年度追加更正予算として之を提案し、審議する十分の時間があるのに審議せず、同年三月三日に続開することとして閉会し、その続会である同年三月三日の同村議会においても、右開会は午後一時であるのに、午後二時四十分になつてから漸く開会し、前記傳染病予防費を含む第二号案を審議せず、他の一件を審議したのみで、同月七日村議会を召集することとして閉会し、遂に該案は審議未了となつたのである。被告村長はこの儘では村政を遂行することができないので遂に、同年三月七日午後一時同村議会を召集し、同案を再議に付したが、此の日も亦漸く午後三時半になつて、開会したばかりでなく、前記第二号議案に対して、審議を囘避し、遂に右議会で該議案について議事進行及び保留の意見対立となつたため、議長は閉会するか否かを議場に諮り閉会に異議なく、遂に審議保留のまま閉会散会となり、法理上の否決と同一の議決をして了つた。

右のような、本件傳染病予防費に関する同村会の議事審議の跡を檢してみると、毎に議決することなく、單に保留というような用語の下に、次囘へ次囘へと引延し、用語は保留であつても法理上正に否決と全然同質のものであるばかりでなく、村長の斯る緊急を要する村政の執行を不能にさせたものであつて、村長に対する不信任の議決と同一般であり、遂に被告村長が、同年三月八日被告村長に対する不信任決議とみなし、同村議会を解散したのであつて、洵に正当な処置であつて、非違は却つて同村議会にあると謂わなければならぬ。

要するに、本件傳染病予防費の審議は、特別の調査時間を要するものではなく、支出の当否は支拂証明書によつて明かであつて、議案の内容審議の簡單なものであるに拘らず、昭和二十三年一月七日開会の村会から、同年三月七日の村会まで審議未了となつたことは、正当な議員の職務執行と謂うことはできない。何れにしても被告村長の本件解散処分は正当であつて、何等違法不当のものではない。從つて本訴は棄却されなければならぬと陳述し、立証として、乙第一乃至四号証、同第五号証の一、二同第六乃至十一号証、同第十二号証の一、二同第十三乃至十八号証、同第十九号証の一、二を提出し、証人稻毛田安三、同中山貞藏、同綿引倉藏、同鈴木竹松及び被告本人〓井山村長〓井信の各訊問を求め、甲号各証の成立を認め、同第一、二、四及び五号証を各利益に援用した。

被告〓井山村選挙管理委員会代表者委員長野口喜治は答弁として、原告の主張事実中、〓井山村長選挙管理委員会が、昭和二十三年三月八日被告〓井山村長が、同村議会の解散をしたのに対し、その通知を受けたので、その職責上、同年四月八日の議決を以て、選挙期日を定め、之を告示し、以て同村議会の選挙を行うとしたものであつて、当委員会としては、解散の当否を審按する権能がないのであるから、当然爲すべきことを爲したに過ぎない。從つて右決議は、何等違法の措置ではないと主張した。

理由

原告兩名が、孰れも猿島郡〓井山村議会(以下單に村議会と称する)の議員であつたこと、又昭和二十三年三月七日同村役場に召集された村議会に昭和二十二年度追加更正予算(第二号案)が付議されたこと、翌八日被告村長が村議会の解決をしたことについては、被告村長の認むるところであつて爭がない、被告村長は普通地方公共團体の長が、村議会を解散することは、行政廳の行爲でないから行政処分でない。從て本件は行政処分の取消として、提訴できるものでない。仮りに若し、右提訴できるものとしても、地方自治法補則第二百五十六條によつて、所定期間内に異議の申立、又は訴願の申立をして、その決定及裁決があつた後でなければ、提訴できないものであるに抱らず、原告等が何等その手続を経ることなく、直ちに本訴に及んだのは不適法である、又、地方自治法第六十六條第八項は、明に同條第二項の規定による選挙管理委員会の決定に対し、訴願による裁決を経た後でなければ、出訴できないことになつている点からしても、本訴が之等の手続を経ないで直ちに本訴に出てたのは、不適法のものであると主張するので、先づ此の点について審按する。

抑も普通地方公共團体は、地方自治法第一條及第二條によつて、明なように、法人たる都道府縣及び市町村であつて、一定の地域内に於て、その公共事務並びに從來法令により、及び將來法律又は政令により、普通地方公共團体に属するものの外、その区域内におけるその他の行政事務で、國の事務に属しないものを処理するものであつて、その長は、当該普通地方公共團体を統轄し、代表するものである以上、その者の職務上の行爲が行政廳の行爲であること、亦明であつて些の疑をも生じる余地がない。從て本件被告村長がなした村議会に対する解散行爲は、即ち、行政処分であることも亦疑を容れないところである。尚、地方自治法第百七十六條によるときは、普通地方公共團体の議会の議決、又は選挙がその権限を超え、又は法令若しくは、会議規則に違反すると認めるときは、当該普通地方公共團体の長は、理由を示して、これを再議、又は選挙がなおその権限を超え、又は法令若しくは、会議規則に違反すると認めるときは、右長は議会を被告として、裁判所に出訴することができる。即ち右長は、議会の議決、又は選挙の不当性を排除するために、裁判所に対する出訴権を持つているのである。これ全く正当なる議会の運営によつて、正当なる團体の公共事務を執行させようとする注意に外ならないものと解すべきである。斯る法意に鑑みるときは、普通地方公共團体の長が、地方自治法第百七十八條に基いて、当該議会の右長に対する不信任議決を理由として、之を解散することは、右と同樣の法意に基いて、之を一般公共團体員に対し、その是非についての意思を問うものに外ならない。從てその反面、議会の構成員たる各議員に於ても、当議長の解散権を不法に濫用する場合に対して、之を甘受しなければならぬということはない。

各議員は、同じ法理に從て、その正否を裁判所に出訴することができるものと解せざるを得ない。又地方自治法補則第二百五十六條の規定は單に異議、又は訴願の申立をなす場合に於て、特別の規定のない限りは、同條所定の期間内に之をなすべき旨を定めたのに過ぎないので、特別の規定がない限り異議、又は訴願の申立手続を経た後でなければ、裁判所に出訴できないと謂う、趣旨の規定でないことは、規定上明白である。却て所謂特別の規定のない限り、何等斯る申立を経ることなく、裁判所に出訴することができるものと解さなければならぬ。從て本件被告村長の解散処分は、行政事件の対象として、原告等がその取消を求める本訴は、適法であると謂わなければならぬ。次いで本案について審案する。昭和二十三年三月七日村議会が猿島郡〓井山村役場に召集され、同議会に於て、傳染病予防のために必要な経費を包含する、昭和二十二年度追加更正予算(第二号案)が上程されたことは、証人忍田政信の証言によつて、成立を認め得る、甲第一、五号証によつて、之を認めることができる。而して、地方自治法第百七十七條第二項によると、普通地方公共團体の議会に於て、非常の災害に因る應急若しくは、復旧の施設のために必要な経費又は傳染病予防のために必要な経費について、之を削除し、又は減額する議決をしたときは、当該普通地方公共團体の長は、理由を示して、これを再議に付し、尚議会が同樣、その再議においてもその経費を削除、又は減額したときは、右團体の長は、その議決を不信任の議決とみなし、同法第百七十八條によつて、十日以内に議会を解散することができることは明瞭である。原告等は前記三月七日の村議会に於て、何等前記予算案に対して、議決がないのに抱らず、被告村長は翌八日直ちに、自己に対する不信任議決があつたものとみなして、同議会の解決を命じたことは、不法の解散であると主張するに対し、被告村長は昭和二十三年一月七日の村議会に於て本件追加更正予算案の提案があつたのに抱らず、後日協議会に於て、決定するとの理由で、審議に至らず、否決と同樣の議決をなし、更にその再議に付した同年三月七日の村議会に於ても、同樣審議を回避し、法理上否決と同一の議決をなしたものであつて、結局、地方自治法第百七十七條、第百七十八條に基いて、同村議会を解散するに至つたもので、何等不当不法のものでないと主張するから、此の点について考へるに証人鈴木竹松、原告本人和田喜八郞、同藤木藤次郞、被告本人〓井山村長〓井信の各供述に右被告本人の供述により、成立を認め得る、乙第二号証、前示甲第一、五号証、公務員の職務上作成に係り、眞正に成立したと認むる甲第四号証を夫々綜合して考へると、昭和二十三年一月七日召集された村議会に於ては、傳染病発生のため、その処置について、〓井山村当局から之が説明をしたに過ぎないのであつて、その予防費用の点に関しては、後日協議会を開いた上、決定することになつて閉会され、当議会に於ては、之等予防費に関しては、何等提案されなかつたこと、その後右協議会は何等纒るところなく、同年三月三日開かれた同年二月二十八日の村議会の続会に於て、第二号議案として、右予防費を包含する昭和二十二年度追加更正予算が上程されたが、同議会に於ては、同年三月七日改めて、議会を召集することとして審議に入らないで閉会となり、更めて同年三月七日召集された村議会に於て、前記予算案が第二号案として、上程され、同案について審議に入つたが、結局保留という形式で、審議未了に終り、之に対する議決に至らなかつたことを認めることができる。

以上の認定に反する証人稻毛田安三同中山貞藏、同綿引倉藏、同鈴木竹松及被告本人村長〓井信の各供述部分は、之を信用しない。その他被告村長の提出援用に係る証拠によつても、右認定を覆し得ない。被告村長は村議会の開会時間の遅延について、云爲するが村議会が事更に審議の遲延を招來させるため、開会時間を遲延させたと謂うような証拠は、一も見当らないし、右開会時間が多少遲延したからといつて、以上の認定に何等の消長を來すものでもないから、此の点に関する被告の主張も亦、之を採用するの余地がない。從て該案については、未だ一回も賛否の議決がないばかりでなく、右三月七日の議会を除いて、同年一月七日以降の村議会に於て、該議案について何等審議をなしたことなく、被告村長の所謂保留の形式で、審議未了となつたのは、前示三月七日の村議会に過ぎないのであるから、仮に被告村長の謂うように、議会が單に用語上保留の名を藉りて、村政の執行を不能に終らせる意図の下に、審議未了として否決と同意義に、解すべきものであつたとしても、地方自治法第百七十七條によつて、更に再議に付さなければならぬ筋合であり、右のように再議に付して、依然同樣の審議に終つた場合、初めて村長に対する不信任議決とみなされるものであり、一回の保留によつて、直ちに不信任議決とみなすことはできない。從て何れの点からするも被告村長の本件解散は、不法の処分と謂はなければならぬ。

次に被告村長が原告等主張のように、昭和二十三年三月八日〓井山村議会を解散したこと、同日その通知を受けたので、同年四月八日被告猿島郡〓井山村選挙管理委員会(以下單に被告委員会と称する)は議決を以て、選挙期日を定めて之を告示したことは、被告委員会の認むるところであつて爭でない。而して被告村長の本件解散処分が前説示のように、不法のものである限り、その処分に基き選挙を施行することはできないから、当然該決議は違法のものと、断定せざるを得ない。被告委員会は解散の当否を審査するの権能がないから、何等不法の措置ではないと主張するけれども、地方自治法第二十四條に、普通地方公共團体の議会の議員及びその長の選挙は、これを行うべき事由が生じたときは、選挙管理委員会が所定の日時に該選挙を行はなければならない旨、規定するのはこれを行うべき正当な事由の意であつて、不当な処分によつて生じた事由を指すものでないことは明であり、從て不当な解散があつたのに対し、單に当該選挙管理委員会が形式上、解散処分があつて、その当、不当を審査し得ないとの理由だけを以て、該処分を正当化し、以て選挙施行の議決を有効化することはできないものと断ぜざるを得ない。從て本件被告委員会のなした議決も亦、違法の議決たることを免れない。よつて原告の本訴請求は何れも正当であるから、之を許容し、被告等の各処分を取消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項を適用し、主文の通り判決する。

(重友 川村 池羽)

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